うらやすの人(14): リオ、東京五輪を目指す

アジア大会ボクシング フライ級銅メダリスト
駒大4年 林田翔太さん

 「アジア大会には外れていたのが、(代表の)棄権で運良く二番手で選ばれた」と謙遜する林田翔太さん。
 兄で駒大ボクシング部コーチの太郎さん(25)や「(昨年の)夏休みに実家の浦安市まで駆け付け、つきっきりで指導してくれた小山田裕二監督らの “無償の愛” のおかげです」と、第17回アジア大会を振り返る。
 11月、銅メダル獲得報告のため、松崎秀樹市長を訪問した翔太・太郎さん兄弟。市長から「 “兄弟鷹” だね。いいね、兄弟で…。今後の活躍をさらに期待しています」と労われて「ありがとうございます」。

林田翔太さん・太郎さん

松崎市長に、銅メダルを報告した駒大4年・林田翔太さん(中央)。左はコーチの太郎さん

 172センチ、52キロの長身サウスポーの翔太さん。左ストレートが武器のアウトボクシングが持ち味。大会では準決勝で強敵、カザフスタンのイリアス・スレイメノフ選手に「 “弱虫の虫” が出て」(太郎さん)敗れた。この選手は兄弟にとって因縁の相手。太郎さんも大学2年のときに敗れたためリベンジマッチでもあった。結果は翔太さんも敗れて「悔しかった」。
 今後の進路は「声をかけてもらった和歌山県庁に内定、来年の国体で “恩返し” したい」。太郎さんは「リオデジャネイロ、東京五輪を目指す中でリベンジできたら…。練習をきつくやらせる」と弟の気持ちを代弁した。
 翔太さんは堀江中3年の夏に陸上部を引退。ボクシングの名門・習志野高校1年から本格的に取り組み、坂巻義男先生の指導で “眠っていた” 才能が開花。同校にあった「怠るものは不満を語り、努力するものは夢を語る」が好きな言葉。
 ボクシングの魅力を問われ「体重別で減量の壁が立ちはだかる。また、恐怖心があり、リングに上がるまでが戦い」と答えた。こうも付け加えた。「アマが頭で考えたりするおしゃれなボクシングにも注目してほしい」。
     ◇
【メモ】 はやしだ・しょうた 1992年7月、浦安生まれ。画親と兄の4人家族。これまでの主な成績は第66回国体ボクシング成年男子フライ級優勝、第82回全日本アマボクシング選手権フライ級優勝など。70戦65勝(30KO)5敗。


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