平成23年3月11日、東日本大震災が発生して、今年で10年。浦安市では市域の86%が深刻な液状化被害を受けた。被災世帯数は約3万7千世帯、被災者数は9万6千人を超えた。
あの日、新浦安地域のマンション12階で大震災を体験した、住民はこう語る。
「寝室のベッドで休んでいたところ、突然、ドーンという衝撃を受けました。リビングや台所からガラスや陶器の割れる音がガチャン、ガチャンと響き、マンションがぐらぐら揺れ、倒壊するかもしれないと思いました」
液状化現象が起きた。上下水道は破損。電柱は傾いた。水を求め、住民は小学校の校庭で長時間行列し、給水車を待った。
浦安市は直ちに災害対策本部を設置。避難所を開設した。住民も立ち上がった。協力してスコップで泥かき、バケツリレーで土砂を排出した地域もあった。共助の精神が発揮された。
その後、浦安市は復興事業に取り組み、水道、道路、学校、公園などを整備。新浦安を貫くシンボルロードは美しく、よみがえった。
今年2月13日深夜、福島県沖を震源とする強烈な地震が発生した。浦安も激しく揺れた。
高洲中央公園の一角に震災遺構がある。マンホールが地表に突き出す。異様な情景だ。大規模災害時に、市民の飲料水を確保するため設置された貯水槽の一部が浮き上がった。東日本大震災の記憶を風化させないために残されたという。
現地を訪れた女性は「東日本大震災から10年。久しぶりにここに来ました。あの日を忘れてはいけない。2月には強い地震が起きた。災害に備えなくては」と語った。