じゃらん棒で『火の用心』 自治会が夜間路上禁煙運動

じゃらん棒で 『火の用心』

自治会が夜間路上禁煙運動

 日没から夜明けまで路上での喫煙を禁止するという、ユニークな夜間路上禁煙運動が涌安市で長い間続いている。明治の大火をきっかけに自主的な申し合わせで始まったという市民運動。今年も11月15日から来年4月15日までの5ヵ月間、自治会連合会を中心に取り組みがスタートした。中には伝統の夜回りも・・・。

伝統の夜回り

じゃらん棒を鳴らしながら「火の用心」を呼びかける
浦安伝統の夜回り

明治の大火

 浦安がまた猫実村、堀江村といっていたころ。大火は2度起きた。1度は明治13年(1880)。1月の風の強い日,猫実村から出火し、堀江村に燃え移って両村の大半が焼失した,その大火の復旧が8、9割終わった2年後の12月、今度は堀江村から出火し、再び、両村のほとんどが焼けてしまった。
 家が密集していた上に、当時はほとんどの家が茅葺き屋根。漁師町で、火を使うことが多く、消えたはずの火があっという間に、燃え広がった。
 村では条例で冬の期間、煮炊きにわらを使うことを禁止したほどで、その後、住民の間で路上での禁煙が申し合わされるようになったという。

 高層住宅が建ち並び、時代が変わったが、「郷土は自分たちの手で守ろう」という意識は継承され、今日の自治会ぐるみの市民運動に発展している。

81自治会が参加

 運動の中心になっている浦安市自治会連合会(上野菊良連合会長)は、現在81の自治会が所属している。毎年、歳末に火の用心「夜間路上禁煙運動」と銘打って活動しているが、組織的にこの運動に取り組んたのは、昭和50年。38年間もの実績を持つ。
 今年も消防本部や安全協会など浦安、新浦安、舞浜の3駅頭でキャンペーンのスタートを呼びかけたのを皮切りに、元町、中町、新町の各自治会それぞれが防火パトロール、防災、消火訓練など独自の運動を計画している。
 自治会連合会の発足は昭和38年。元町の10自治会でスタートしたが、人口増に伴って、中町、新町の自治会が続々加わり、加盟自治会は81にも達している。11月17日には、浦安ブライトンホテルで結成50周年記念の式典が開かれ、路上禁煙運動へのさらなる取り組みを誓い合った。

じゃらん棒

錫杖の上には鉄製の輪が組まれていて、音が出るようになっている

伝統の夜回り

 火の用心といえば、拍子木を叩きながら夜道を歩くのが一般的だが、元町の第8自治会では、「じゃらん棒」という鉄の棒を鳴らして火の用心を呼びかける伝統の夜回りがいまだに続いている。
 東西線浦安駅近くの猫実4、5丁目、当代島の一部、約1000世帯のまち。自治会では「じゃらん棒見守り隊」と呼ぶ。ハンドマイクを手にしたリーダーに続いて提灯、棒、赤色灯を持つ隊員が10人前後続く。「戸締り用心、火の用心」と全員で大声を張り上げると、棒を手にした隊員が「じゃらん」「じゃらん」。
 長さ170センチ、重さ2キロほど。鉄製の棒に鉄の輪がいくつか組まれていて、地面に打ち付けて音を出す。
 いつから続く夜回りかは記録にないが、小林一雄自治会長(81)は「自治会の運動が始まる前から有志がじゃらん棒を鳴らし続けていた。私が子供のころの記憶ですから明治、大正から続いているのでしょう。人情味あふれる元町ならではの伝統行事、しっかり将来に受け継いでいきたいですね。

 会員の中には「いうことを聞かないとジャランポンにつれていかれるぞと親に言われ、怖い思いをしたことがあると話す人もいた。
 この棒、元々は修行憎が煩悩除けや蛇除けなどのために持った錫杖(しゃくじょう)とみられるが、浦安ではその音から「じゃらん棒」「ジャランポン」と呼ぱれて、火の用心や町内安全に一役かっていたものと推測されている。
 自治会では運動期間中、毎週土曜日午後7時から2組に分かれて夜回りを続けている。


関連記事

 

アーカイブ

ページ上部へ戻る