あの浦高が戻ってきた 先生とPTA、卒業生の再生物語

あの浦高が戻ってきた

先生とPTA、卒業生の再生物語

 この夏、山口県で「優良PTA文部科学大臣表彰式」が行われた。全国の30の高校PTAが受賞、千葉県からは唯一県立浦安高校PTAが選ぱれた。毎年の恒例行事で、受賞そのものは際立つものではないかもしれない。でも受賞理由「学校改革を支援するPTA活動」の文字の裏側には、この10数年の教師とPTA、卒業生らが一体となって取り組んだ”浦高再生”への熱い思いが詰まっていた。

県立浦安高校

県立浦安高校

 県立浦安高校(渡邊啓之校長、652人)は昭和48年の創立。漁師町・浦安の期待を背負い、市役所などに計130人もの人材を送り出す。”地元の学校”として定着。しかし、東京のベッドタウンとして人口が増え、生徒も急増。しだいに学校の”荒れ”が目立ちはじめ、「こどもを行かせたくない学校」に変貌していった。
 当時を知るOBや先生は語る。 「教室に行くと3~4人しか生徒がいない」「校舎の壁は落書きだらけで汚かった」「遅刻はするし、年間の退学者は100人近くもいた」‥。クラプ活動もかろうじて野球部があったが、部員不足で平成12年の夏の大会では出場辞退に追い込まれる有様だった。

卒業生立ち上がる

 平成15年ごろから卒業生の教員らが母校着任を志願し、建て直しに乗り出した。大塚知久教諭(54)は浦安中学から転任、野球部監督としての部活や放課後の生徒指導に力を込めた。翌年には同じく卒業生の川本一夫教諭(52)が富岡中から異動。
 この年、県教委の「自己啓発推進校」に指定され、職員の定員増が認められて指導態勢が一層強化された。同校への赴任は公募制で、それに応じた先生は現在13人に。
 「それまで悪い習慣が身についてしまった生徒たちばかりだったので、変えるのは容易ではなかった」(大塚先生)状況のもと、全職員が一体となって服装や頭髪のチェックを始めた。服装が乱れていると帰宅させ、「再登校」させる徹底ぷり。身長が伸びてスカートがひざ上に出た女生徒には丈直しを指示した。
 この動きにPTAのサポートも活発化。教師と一緒になっての「あいさつ運動」や、放課後に電車内での生徒のマナーなどをチェックする列車補導活動も実施。文化祭ではバザーに校章入りのどら焼きを販売、運動会では高校では珍しく縄跳び競技に父兄が参加する姿も。学校・PTA一体になってハード・ソフト両面での環境づくりが進んだ。

巨人・阿部選手のお父さんも

 雑草だらけのグラウンドは、地元建設業者の協力を得て整備された。この業者‥大塚先生が浦安中学時代に鍛えた巨人・阿部慎之助選手のお父さんで、習志野高校時代に元阪神の掛布雅之選手とクリーンアップを形成したスラッガー。大塚先生のお兄さんの友人でもあることから全面協力してくれたという。
 おかげで(?)、野球部は平成22年春県大会ペスト4、同年夏はペスト8と大活躍、部員は現在70人もいる。

 浦安高校は今では定員割れすることもなく、遅刻・中退者も劇的に減少。自転車通学の生徒が全体の7割いるが、その半分以上が市川市や習志野市など近隣の都市からといい、「こどもを行かせて良かったと思える学校」(堀木和久PTA会長)になった。
 渡邊校長は「全職員、PTA、卒業生の学校をよくしたいという共通認識に加えて、徹底した生徒指導の共通行動ができたことが大きな要因です」と話した。
 それでも「信頼や信用は失うのは一瞬だが、取り戻すのは大変なこと」(川本先生)と、関係者は気を引き締め、渡邊校長は今後の方針として (1)学力向上 (2)地域との連携強化 をあげた。


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