映画公開50周年 『青べか物語』 それぞれの想い

撮影秘話、周五郎の執筆意図は?
郷土博物館が出版

 かつての漁師町・浦安の存在を全国に知らしめた山本周五郎の小説「青べか物語」。浦安市郷土博物館は一昨年暮れ、映画公開50周年に合わせて初めて収蔵品展を開催。映画の撮影秘話や鑑賞した市民意識の変化、周五郎の執筆意図は ― などをまとめた『青べか物語』それぞれの想い(A4判・73ページ)を3月下旬に出版した。

川島組写真

川島組写真などには50年前の浦安がカラーで記録されている

 刊行を記念し、東宝映画「青べか物語」の上映会を4月26日、同博物館で開く(すでに締め切り)。一大観光リゾート地と高層マンションで知られる今の浦安と半世紀前の浦安の風物を比較してみては― 。
 市郷土博物館調査報告第8集『青べか物語』の主な内容を紹介すると― 。

【映画の評価】

 昭和37年6月28日、浦安映画劇場で公開。「初めはたくさん人が入ったに、どんどん減っていき、3回目の上映くらいから、ガラガラになってしまった。(略)」(平成12年、故人・元町役場職員)
 また、当時34歳で、学校の先生も勧めた映画を子供連れで見に行った住民の述懐。「映画は実際の浦安とは違う(略)。以前、図書館の上映会で強くお願いしたのは “小説として見てもらいたい” ということだ」。
 監督・川島雄三、脚本・新藤兼人、撮影・岡崎宏三の気鋭スタッフで制作。
 森繁久弥、東野英治郎、フランキー堺、左幸子、乙羽信子、池内淳子など「絢爛豪華14大スター競演で描く文藝喜劇」(東京映画宣伝課チラシ)。
 しかし、珍談あり、漫話あり!風流周五郎文学に素っ裸で取組む異色大作も地元住民には違和感があり、半世紀を経た現在でも複雑なものがあるようだ。

【川島組写真】

 平成24年11月、博物館に寄贈された紙箱に入った写真スライド。川島組(浦安ロケハン)と書かれ、86枚を現像すると埋め立て前の浦安風景が映ったカラー写真が現れた。浦安橋に立つスタッフや妙見島の片岡造船、浦安橋のたもとに住む人々の暮らし…。今では貴重な半世紀前の浦安がロケハンを通じて残されていた。

【市民意識の変化】

 (25年11月17日、上映会後のアンケートから。回収率54%)
 周五郎のおかげで、(昔の)浦安も残り、漁師気質も残り、今となっては感謝(浦安生まれ・育ち、60代)。
 50年前の浦安が、今とあまりに違うのにビックリ。映画を撮ってくれて良かった。知り合いの元町の70~80代は映画よりキツイ浦安弁をしゃべる」(浦安在住20年、60代)。
 映画を見て、浦安が汚されたとは思わない。以前の景色が見られて楽しかった (同40年、70代)。
 あくまでも娯楽映画、目くじらを立てることもない。周五郎の文学碑を建立する時期に来ている(同40年、60代)。

【周五郎の執筆意図は】

 主任学芸員の林奈都子さんは、次のように指摘する。
 周五郎の浦安在住時期は昭和3年。それから30年余の35年、月刊文藝春秋に連載された青べか物語。物語にある「浦粕の宗五郎」の章。4年の「製肥工場建設反対運動」がモデルとされ、33年の「黒い水事件(本州製紙江戸川工場乱闘事件)」では「俺は、市川雷蔵だ」と言って逮捕された漁師がいた(33年6月11日、毎日新聞)と報じられた。
 こうした事件を周五郎が見聞きした機会もあったのでは…。
 「30年後の章」― 日本人は自分の手で国土をぶち壊し、汚濁させ廃滅させているのだ…あとから来る若い年代の人たちに譲ることの恥ずかしさに、深く頭を垂れるおもいだったのである。


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