うらやすの人(10): 出版の情熱は、ふるさとへの熱い思いから

うらやすの人(10): 出版の情熱は、ふるさとへの熱い思いから

「おらんちゃん」「けいがら羊蕎」…浦安弁を次代に残したい
宇田川敬之助さん

 「例えば “けいがら羊羹” という言葉がある。羊羹の入ったハマグリの貝殻の器の、フタを閉じている付近だけに羊羹が詰まっていて、奥の方は中身がほとんどない…とば口だけで奥を極めていない人をこう呼ぶのです。フフフッ、私のことみたいですね」
 浦安弁をテーマにした本の執筆に取り組んでいる。自身5冊目の著作。それは、浦安に生まれ育ち、浦安弁の時には厳しさに鍛えられ、また励まされてきた半生を振り返る作業と重なっている。

宇田川敬之助さん

うだがわ・けいのすけ
昭和11年8月猫実生まれ▽27年浦安中学卒業▽31年都立小松川高定時制卒業▽34年浦安町役場に奉職▽46年町議会選初当選。平成10年10月に政界引退宣言。富岡小、見明川中、美浜中の校歌を作詞。浦安かっぱ村村長でもある。

     ◇
 2歳で母と、小学6年生で父と死別した。5人の姉がいたが、男の子は1人。家計の足しにと中学生でアサリ売りの行商を始め、夜間高校に通い、浦安町役場に勤めてからは都市開発などで用地買収の交渉にもあたった。やがて市会・県会議員…と、浦安が漁師町から近代都市に生まれ変わる最前線の現場を歩き、変貌の様を地べたから、高みから見つめてきた。
 少年時代の苦労を語る口調に懐かしさがこもる。

 『おらんちゃん』(我が父)は、男手ひとつで稲作、海苔の養殖、魚の行商とフル回転で一家を支えてきた。子煩悩で、その人柄は近所の人たちにも愛された。そのおかげで、亡くなった後も、周囲の一家に寄せる温かい目は変わらず、残された子供たちの成長を後押しした。
 処女作「あさり売りの詩」(平成2年)によると、敬之助少年は大人たちに混じって朝早くからあさりの行商に出かけた。
 「山盛りのてんこ盛りにしときますから、また買ってくんせえねえ」
 商い先の浅草や浦和のおばさんたちと交わした浦安弁の飾りのない言葉が、小さい胸に働く自信を育てていく。

 幼少時期の思い出、政治家時代、河童の棲める自然環境を夢見る随想など、浦安に寄せる思い・エピソードなどが、「あさり売りの詩」をはじめとする4冊に綴られているが、いずれも浦安弁にあふれる語り口だ。

宇田川さんの著書4冊

宇田川さんの著書4冊

 浦安弁そのものに焦点を当てた5冊目は、最後の本になる予定で、タイトルは『いしら 何くっちゃべってんだ~浦安の方言とその世界』。遅くても年内発行を目指す。
 「浦安弁には褒め言葉が少なく、けなし言葉が多い。でも機知とユーモアに富んでいて、人を傷つけることは少ないのですよ」
 「浦安弁は私のふるさと、心の中にある仲間です。最近はめっきり聞く機会が減り、さびしい。次代にきちんと残しておきたいとの思いが強まりましてね」と著作の動機を話した。
     ◇
 平成10年に市長選に立候補し、現在の松崎市長に僅差で敗れてからは政治の世界を離れた。27年余の市議・県議生活にサヨナラ。それでも “ふるさと浦安” への熱い思いは変わっていない。
 「境川を昔のようにみんなで遊べるきれいな川にしたい。そして災害に強い町に、特に元町地区を。執筆中の本には、そうした思いも込もっています」


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