震災特集: 自宅とアパートのニ重生活 今川地区の武田文彦さん

 震災特集 

 東日本大震災で浦安市は3万7千世帯、9万6千人もの被災者が出た。
 あれから3年。激しい揺れは人々の記憶から薄れ、歪曲した道路や駅前広場などは元の姿を取り戻しつつある。復旧・復興に平成26年度も213億円がつぎ込まれる。
 しかし、被災者や救助員ら一人ひとりの胸には、今も当時の辛い思いが顔を出し、近未来に予想される大災害発生の備えに心を痛める。
 浦安の人たちのあの日、今、これからを追った。

自宅とアパートのニ重生活

今川地区の武田文彦さん

 その日、武田文彦さん(56)は東京・神田の会社から今川2丁目の自宅まで歩き通した。所要時間は約3時間半。境川沿いまで来ると道路上のいたる所に水溜まりが現れ、今川橋を越えると、砂混じりの泥水が足首まであふれていた。
 妻の吉恵さん(55)は順天堂大病院救急診療科動務。非常電源の確認や医師たちとの連絡を終え自宅に向かったが、泥水で靴が脱げ、靴下になっての帰宅だった。

今川地区の武田文彦さん

慣れが恐い、と話す武田文彦さん

 「家が傾き、水道、ガスが止まった。ドアが閉まらず、家にいると、体が傾いている方向に引っ張られるのですよ」
 「下水道もダメで、トイレが使えないのには参りました」

 20代の2人のこどもを加えた一家4人は、猫実地区にアパートを借り、食事、洗濯、お風呂…をこのアパートで済ませ、夜寝るためだけに自宅に。こんな二重生活が1ヵ月半続いた。この間自宅の修復を進め、その年の4月末、下水道が整備された時点でやっと我が家に戻れた。

 浦安市の復旧・復興工事はシンボルロード、新浦安・舞浜両駅前の整備が3月末に終了し、いよいよ武田さんらの一般街区に工事スケジュールが進められる。
 「明るい気持ちになりますよね。まだまだ周辺道路は凸凹ですし、早く復旧してほしい」
 「地盤強化は地区住民の意思がまとまってから行うという話です。私の地区は説明会に行っても意見が様々で、まとまる雰囲気はもうひとつ…」
 期待と不安が交錯。それは、震災を体験したことによる防災の”自信”と3年を経ての”気の緩み”の交錯にも似ているようだ。

 「お米は水を使わないで済む無洗米に替えました。飲料水も備蓄に努めています。でも水のこまめな入れ替えなど、手を抜いている面もあって。慣れが恐いですね」
 このジレンマとの戦いが武田家の課題という。


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