震災特集: いわき市で被災→浦安へ 浦安市SCクラブ マネジャー 大田原邦彦さん

 震災特集 

 東日本大震災で浦安市は3万7千世帯、9万6千人もの被災者が出た。
 あれから3年。激しい揺れは人々の記憶から薄れ、歪曲した道路や駅前広場などは元の姿を取り戻しつつある。復旧・復興に平成26年度も213億円がつぎ込まれる。
 しかし、被災者や救助員ら一人ひとりの胸には、今も当時の辛い思いが顔を出し、近未来に予想される大災害発生の備えに心を痛める。
 浦安の人たちのあの日、今、これからを追った。

いわき市で被災 ⇒ 浦安へ

浦安市SCクラブマネジャー 大田原邦彦さん

 福島県いわき市にある東日本国際大学のサッカー部監督を務めていて被災した大田原邦彦さん(48)。現在、浦安SCから誘われクラブマネジャーとして、アマチュアサッカーの最高峰、JFL(日本フットボールリーグ)入りを目指すチームの一翼を担っている。

浦安市SCクラブマネジャー 大田原邦彦さん

いわき市に残した家族を気遣う大田原さん

 「3.11は大学のキャンパスにいました。想像を絶する揺れで、とても立っていられないほど。建物は大規模半壊。結局取り壊されましたが、当時は原発の事故が表面化して、地方から来ている学生をヒッチハイクでもいいからとにかく実家に帰そうと、必死に動き回りました」
 いわき市は原発から30~50キロ南。避難区域ではないが、震災の犠牲者は400人を超え、津波と原発事故で、県内最大の都市は一変した。
 「放射能スポットになっていて、浜通りより数値が高いこともあり、外での活動は自粛。サッカーどころではなく、仕事がなくなってしまった。その時に声をかけてくれたのが、親交のあった浦安SC。もう感謝の気持ちでいっぱいでした」

 その一方で、「当時中2だった長女が検診で内部被ばく対象者と分かった。次女、3女も首にしこりがあると訴える。1ヵ月後の震度6弱の余震では実家が半壊した」。
 「内部被ばくやしこりは、医者に尋ねても対処法がなく、大人は検診の対象外。それでいて市は放射能障害の予防にヨウ素剤を送ってくる。結局、家族全員で地元を離れるわけにもいかず、単身赴任を選んだ」

 浦安SCでは広報や営業を担当し、週に一度のペースで、いわき市を往復している。
 「この状態がいつまで続くかは分かりませんが、浦安SCがJ3リーグに入るまで、ここを離れるわけにはいきません」
 地域の発展とともに歩むヨーロッパスタイルのクラブ運営を理念に掲げる浦安SC。クラブ側は、ドイツで理念を学んだ経験を持つ大田原さんに期待する。「ヨーロッパでは、このクラブがなければ住民が困るというほど生活に密着しています。たとえば高齢者の健康チェックやリハビリもクラブの役目。所属するスポーツもサッカーだけではありません」。
 みんなが支持したくなるようなクラブの実現に向かって、大田原さんの地道な活動は続く。


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