震災特集: “幻代表” を乗り越えて 舞浜小ミニバスケット部監督 小林 亮先生

 震災特集 

 東日本大震災で浦安市は3万7千世帯、9万6千人もの被災者が出た。
 あれから3年。激しい揺れは人々の記憶から薄れ、歪曲した道路や駅前広場などは元の姿を取り戻しつつある。復旧・復興に平成26年度も213億円がつぎ込まれる。
 しかし、被災者や救助員ら一人ひとりの胸には、今も当時の辛い思いが顔を出し、近未来に予想される大災害発生の備えに心を痛める。
 浦安の人たちのあの日、今、これからを追った。

“幻代表” を乗り越えて

舞浜小ミニバスケット部監督 小林 亮 先生

 舞浜小学校のミニバスケットボール部が、3月末に東京・代々木で開かれる全国大会に千葉県代表として出場する。浦安からの出場は2校目だが、前回は震災で大会が直前に中止となり、今度が実質的な初出場。舞浜小監督の小林亮先生(31)は、前回の “幻代表”… 入船南小の指導者でもあった。

舞浜小ミニバスケット部監督 小林 亮 先生

3年越しの全国大会出場に闘志を燃やす小林先生

 「3.11」の瞬間、小林先生は入船南小の1年2組でホームルーム中だった。激しい揺れ、地震訓練通りに児童を机の下に潜らせた。しかし、その次にアナウンスされるはずの「校庭への避難」の指示がこない。見ると校庭は水浸し。プール横の倉庫の鍵をこじ開け、ストーブなどの備蓄品を3階に移動させた。保護者への児童引渡しが行われたが、引き取りに来られない保護者も多く、そのうち帰宅の手段を奪われた人たちが学校に避難してきて、その対応にてんてこ舞い。船橋の自宅に戻ったのは翌日の午前10時ごろだった。
 小林先生は学生時代をバスケット部で過ごし、入船南小では赴任以来2年間、バスケット部の指導にあたってきた。震災の年、県予選を連勝、浦安では初めて全国大会の切符を手に入れた。しかし、会場のさいたまスーパーアリーナは東北地方の被災者らの避難場所になり、大会は中止された。
 「悔しかったと思いますが、家が壊れるなどでバスケができる環境ではなかった。それでも6年生の最後は、埼玉と群馬のチームとの親善試合で締めくくりました」
 その年の春、舞浜小に異動。再び全国大会の切符を手にした。小林監督の指導法は、遊びを中心としたトレーニングで常にバスケに興味を抱かせる。強豪チームとの練習試合を重ねることで強くなりたい気持ちが高まり、徐々に遊びの部分が減っていく… という方法だ。
 「身長の高い児童がいて、この子に頼り勝ちだったが、勝ちきれなかった。昨年夏ごろ、頼る気持ちが消えたころからチームは強くなった」
 「3年前も含めて、私にとって集大成の大会」。小林先生は2度目の全国大会に力を込める。


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