伝えよう「浦安の海苔」 ~海苔養殖展~ 海苔づくり 小学生1800人が体験

伝えよう「浦安の海苔」 ~海苔養殖展~

海苔づくり 小学生1800人が体験

 市郷土博物館の冬の企画展「浦安の海苔養殖」が連日のように、小学生たちでにぎわっている。海苔づくりの歴史、体験学習を通して昔の人の知恵、家族の協力などを今の浦安に伝えていきたい‥という目的。郷土の文化は着実に受け継がれているようだ。

 体験学習の対象は小学4年生。地域の昔のくらしを学ぶ授業の一環で、児童たちは企画展を見学し、学芸員から浦安の海苔の歴史を教わる。3月16日までの期間中、市立東小や入船南小など全市立小18校の1800人が参加する。
 この体験は幼稚園児や一般市民にも開放されており、好評だという。

海苔づくりの体験学習

海苔を乾燥させるためにていねいに干し場に

◆ピーク時には億単位の枚数を収穫

 浦安の海苔養殖は明治時代からはじまり、上質な海苔が沢山とれ、「海苔の町」といわれた。
 ピーク時には億単位の枚数の海苔が収穫できたが、昭和46年に終止符が打たれたこと、海苔養殖には子供たちも毎日のようにその仕事を手伝ったことなどが、学芸員から語られる。
 平成13年には博物館の開館を機に三番瀬で「浦安の海苔」の養殖が復活、現在継続していることも紹介された。

◆養殖体験に悪戦苦闘

 企画展見学の次は海苔養殖の体験。児童たちは博物館のボランティアグループ「もやいの会」のメンバーの指導で、海から採ってきた生海苔と格闘する。
 海苔をたたき台に乗せ、刃が2枚ついている海苔包丁(飛行機包丁)で海苔を叩き、細かくきざむ。それを真水の中でかき混ぜ、海苔簀(す)上に置いた枠の中にあけて張り付ける。
 海苔叩き‥これがなかなか大変。初めて手にする包丁がうまく使えず、ボランティアの人に手を添えてもらい、どうにかやっと、という児童も。
 すいた海苔は天日に干して乾燥させる。博物館前の広場には干し揚が設けてあり、児童たちは初めての体験に目を輝かせて、自分たちが手がけた海苔を一枚一枚ていねいに並べた。
 干しあがった海苔は学校に届けられ、体験児童に1人3枚ずつ配られる。児童たちは、その海苔を大事そうに持ち帰った。

◆浦安と海苔の歴史

 浦安と海苔との関わりが資料や写真、養殖に使われた道具などで詳しく紹介されている企画展。
それによると―。

浦安の海苔漁場

浦安の海苔漁場はベカ舟で回る
=三番瀬で、郷土博物館提供

 明治31年(1898年)に浦安の東高洲、鳥棒地先の海で海苔養殖の許可を得ることができた。養殖場は沖の十万坪をはじめ、次第に拡大された。昭和34年頃になると、人工的種付けができるようになり、収穫量が安定してきた。しかし、漁場の埋め立てなどで昭和46年に漁業権を放棄し、浦安の海苔養殖は終わった。
 浦安の海苔養殖は平成13年に復活。もやいの会、行徳、南行徳漁業協同組合の協力でいまも「浦安の海苔養殖」が続いている。収穫量は多くはないが、浦安産の海苔は毎年収穫されている。


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